選定者私物の本

案内文01

「見続けること」陶芸家/修復家・竹村良訓

選定者

『愛の無常について』亀井勝一郎

最初に手にした19歳の頃から、既にほぼ同じだけの時間が経っている事に我ながら驚きました。

読んで心に掛かる本は折々に何度も読み返しますが、この一冊にも、再読を重ねることで、以前は読み過ごしてしまっていた箇所や、より理解の深まる部分を未だに発見しています。


こちらが歳を重ね、微かながら経験を得ていくと共に、その本の持つ意味合いの深さに少しずつ気づいていく。さらには、紙の面という鏡を通じて、自分との対峙と内省をも同時に促される。怠惰ではいないか、思考を停止させていないか、覗けばいつだって鋭く磨がれていて此方の言い訳を許さない、時にそういう本に出会う事があります。


発刊は1949年。実に70年前の本ですが、初めて読んだ20年程前「まさに現代の事、そして自分の心奥についてが書かれている」と感じ、今も読めば尚更にそう気付かされます。


明治に生まれ、大正に少~青年期を過ごし、昭和の戦前戦後という激動の時代を生き抜いた著者の、片時も人間の織り成す業から背けずにいた眼差しと、その透徹した理性によって綴られる一篇一句に、読む毎に身が引き締まってしまいます。

さらに様々な引用をあげつつ、常に著者自身の体験に基づいた独白としても語られる文章は、卓越した場所から投げかけるのでなく、共に悩み苦しむ伴走者の目線で書かれています。

自分はものづくりの仕事をしていますが本書には(また同氏の他書にもですが)美術・文芸についての示唆を得る所も多く、そちらの興味からも参考になる一冊です。


さて題名からも予感され、序文にもあるとおり、いわゆる安易な「救い」や「解決」を終始こちらへ寄こさない内容には、気晴らしにもならず、自己弁護とも採れず、読み進めるほど延々と心苦しいばかりなのですが、打ちつけるような徹底した現実認識の果てに、むしろ一粒の希望を与えられるようです。

いや、そのたった一粒の希望さえ、生半に生きてはきっと覚束ない、と本書は厳しくも言い放ちます。


記された字句の向こうに不断の問いがあり、本を閉じても自問の形をとって念頭を離れません。

自分は端的に「考える事=生きる事」だと思っていますがその原因の1つが本書ではなかったか。

ともあれ20年間、折に触れ読み返し続ける事で、いつしか自分にとって進行形の不朽の一冊となっていて、この先も「読了する」ということは無い気がしています。


そんな読書体験のきっかけを青年期に持てた事は幸運に思います。

あらすじ/『愛の無常について』亀井勝一郎

終戦後の時代を生きる若者たちに向けて、その人間形成の道しるべを差し出した一冊。著者は若い人々が人生について思い迷う姿を目にし、その孤独な魂を救済する術を模索した。「人間研究の書」あるいは「永遠の青春の書」とも呼ばれる。

案内者プロフィール

竹村良訓。1980年千葉県生まれ。陶芸家・修復家。大学院在学中より漆芸技法の応用による陶磁器・漆器修復の仕事を始める。2008年に陶芸教室「陶房 橙」を開室。作品の常設販売はミナペルホネン(call&金沢店)、CIBONE(南青山&GINZA SIX)、IDEE SHOP(自由が丘&梅田)、restaurant eatrip(神宮前)、AELU(代々木上原)などで行う。新宿高島屋、新宿伊勢丹、IDEE SHOP等での個展・グループ展など多数を開催。

愛の無常について

書籍情報

『愛の無常について』(1949年講談社から発刊)。
日本文学全集、亀井勝一郎著作集などにも収録、また三笠文庫、角川文庫、講談社文庫、旺文社文庫など数多く刊行された。2018年現在はいずれも絶版。古書店・Amazonマーケットプレイスなどで購入可。