選定者私物の本

案内文02

「魔法は論理に負けちゃうけども」編集者/ライター・月岡 誠

『死のロングウォーク』スティーブン・キング 著 沼尻素子 訳

14歳から16歳からの少年100人がひたすら歩き、最後まで残った者1人だけに望みのままの報償が与えられる。残るといっても、普通の競争ではなく、他は全員死亡──一定速度以下になると監視兵から警告、警告4回目には射殺。レースから逃げても棄権しても射殺──シビアな生き残りレースです。

参加者の動機はさまざまですが、だいたいが人生ちょっとうまくいっていない、あるいはもう少し幸せになりたい、なんて感じで、大きな目的を持っているのはいません。普通の少年たちです。だから、後半、疲労で少年たちがボロボロになっていく(疲労や痛みの描写がすごい)につれ、「なんで参加したのかもうわからん」的な独白や説明がやたらに記されます。優勝者以外はみんな死んじゃうのに参加を申し込むなんて普通じゃない、とも思いますが、抽選倍率はものすごく高いし、戦争行くのに「自分だけは死なない」と思うのと同じで、死は若者には実感できない(60歳間近のワタシでもなかなかね)。

ベトナム戦争に行った米兵の多くが黒人や貧困層だった、というのを何となく連想させる話ですし、「競争がいいものを生む」とかいったって、突き詰めればこういうことでしょ、という身もフタもない寓話にも読めます。少佐という、レースを主催する独裁者じみた人が出てきますが、詳しい描写はされないのも、軍国的独裁者がいるからこんなひどいレースが、じゃなくて、資本主義がうっかりすると独裁者、という風にしたかったからかと。

でも、まあそういうのはどうでもいいんです。いろいろな少年たちが出てきます。そして、こういうレースとわかってても、友情を育み、他人(=ライバル)を助けたりする。射殺されそうな少年ハークネスが最後の頑張りを見せた時にほっとする主人公ギャラティの描写。

「こんなふうに感じるのは馬鹿らしいのだ。ハークネスが歩くのを早くやめれば、それだけ早く、彼(主人公)も歩くのをやめられる。単純な真理だ。それが論理だ。しかしもっと深いものがある。もっと真理に近い、もっと怖い論理がある。ハークネスはギャラティもその一員となったグループの一人、親戚同然なのだ。ギャラティが属している魔法の輪の一部。この輪の一部分が壊れれば、他の部分もがたがたになってしまう」

仲間がいることは、競争に勝つ論理より深い“魔法”なんですね。何度か助けてもらったマクヴリーズ(これがいい奴なんだ)が座り込んだ場面で、「だめだ、だめだ」と叫び、監視兵に「俺を撃て」という主人公は、映画「ディアハンター」のデ・ニーロのよう。そして最後は……

もうひとつ、このレースがイベント化してて、沿道には無責任な見物客がいっぱいというのも、戦争映画好きな私にはなんかこたえる感じでした。

あらすじ/『死のロングウォーク』スティーブン・キング 著 沼尻素子 訳

近未来のアメリカで、「ロングウォーク」という競技が行われていた。14歳から16歳までの少年100人を集めて北から南下するコースをただ歩くというものである、歩行速度が規定以下になると警告、警告が重なると……。競技にゴールはなく、生き残った少年が「最後のひとり」になることが「競技終了」。鬼才と呼ばれるスティーブン・キングが別名義「リチャード・バックマン」として書いた小説。2019年9月に映画化が予定されている。

案内者プロフィール

月岡誠。1961年東京生まれ。双子。仙台6年、埼玉22年。妻子アリ。専ら社史のライティング、たまに編集、ごくたまに企画。「愛は破れるが親切は勝つ」けど愛も欲しいやね。パス重視だけど、ちょっとは「拍手が欲しい」。「人は死ねばゴミになる」けど、なかなかそうは悟れん。嗚呼、凡庸也。

死のロングウォーク

書籍情報

『死のロングウォーク』(1989年扶桑社からバックマン・ブックスとして発刊)
2019年現在、絶版中。古書店などで購入可。