選定者私物の本

案内文02

「一番のプレゼント」 元新聞記者・西田美樹

『ルージュの伝言』松任谷由実

たまに読む女性向けビジネス雑誌で、ある女性のキャリアにおける浮き沈みを紹介していた。仕事が軌道に乗った「絶頂期」、育児のためそれまでの働き方に無理が出る「停滞期」などがグラフで示され「私は停滞期をどう乗り越えたか」というエピソードが語られる。


私の半生を振り返ってみれば、一番の停滞期は高校時代だった。中学でガシガシ勉強して学区外の進学校に入ったはいいけれど、できる人たちの中で埋没。通学には片道1時間かかり、帰宅する頃には疲れ果て、自宅学習の気力もない。成績は底辺をうろうろし、親の当たりもきつかった。家も学校も居心地がいいとは言えなかった。

地元から同じ高校に進んだMちゃんの状況も似たようなもので、登下校の電車内で愚痴を言い合った。唯一の気晴らしは音楽を聴くことだった。ある日、Mちゃんが「これ、聞いてみて」と貸してくれたユーミンのアルバムに入っていたのが「ANNIVERSARY」だった。


“今はわかるの 苦い日々の意味も ひたむきならば やさしいきのうになる”


ドラマチックなメロディーとたった2フレーズの歌詞が、とにかく未来に向かって生きていればいいことがあるはず…という希望をくれた。

その頃図書館で見つけた本書の冒頭で、ユーミンは「他人がどう思おうと私は天才です」と言い切っていた。なんて格好いいんだろう。私にとってユーミンは自由の象徴だった。ユーミンのアルバムは1970年代、80年代、90年代、2000年代、2010年代の5つの年代でオリコン週間ランキング1位を獲得している。「時代を共に歩んだ」と思えるアーティストがいるのは幸せなことだ。


CDが売れない時代だそうだが、プレゼントに一番いいのはCDではないかと今でも思っている。贈った相手が感想を伝えてくれたら嬉しいし、一緒に聞けたら共通の記憶がいつまでも残る。気になる人と貸し借りをするのもいい。自然と接点が生まれるから。

結婚前、何人かの男性とドライブしたことがある。車中で流す曲にも個性が表れる。O君はカーディガンズの「Carnival」を繰り返しかけた。「Come on and love me now、Come on and love me now~」。はいはい、分かりましたよと微笑する。H君の選曲はプラターズの「Only you」。空気が少し重くなった。残念ながらどちらの人とも付き合うまではいかなかった。

社会人になってから出会ったNさんは、ビートルズの赤盤・青盤を貸してくれ「それぞれ10回は聞き込むように」と上から目線だった。しかし、なぜか私を良い方向に導いてくれると錯覚してしまい、程なく結婚した。

あらすじ/『ルージュの伝言』松任谷由実 1983年

2017年にデビュー45周年を迎えた歌手・松任谷由実が20代だった頃のインタビュー集。幼少期から思春期にかけてのこと、デビュー間もない「荒井由実」の時代の出来事や楽曲の誕生エピソードなどを、さまざまな楽曲の歌詞とオーバーラップさせながらと紹介している

案内者プロフィール

西田美樹。1977年北海道生まれ。新聞記者として10年間勤めた後、夫の転勤でモスクワに3年暮らす。現在は東京在住、株式会社アピックスで編集補佐。都会的な中学生活を送る息子がうらやましい半面、娯楽の少ない田舎で過ごした自らの過去も懐かしい。

ルージュの伝言

書籍情報

『ルージュの伝言』(1983年1月発刊)
角川書店から発刊後、1984 年5月に文庫化。2018年現在絶版。古書店、Amazonマーケットプレイスなどで購入可能。