選定者私物の本

案内文03

「卒業写真の背景」 編集者・鈴木朝子

『ルージュの伝言』松任谷由実

結婚式場の広報をお手伝いする仕事をしたことがあって、制作物に使う写真選びにいつも以上に時間をかけた。すでに用意されていた写真には、実際の結婚式で撮影されたものがいくつかあった。ドレスや白無垢を着た笑顔の花嫁さんや、式を見守る家族などの、いきいきした様子がたくさん写されていた。

そのなかに、沈んだ色合いの写真が1枚あった。障子を背に年配の夫婦がどこか居心地悪そうに座っている写真だった。式の控え室か、または結納後の顔合わせの席かもしれなかった。背広姿のお父さんは下を向いて、和装のお母さんは所在なさそうに遠くを見ていた。その写真を選んで、それをメインビジュアルにしたいと言ってみた。その写真が結婚というもののリアルを写していると思ったからだった。その写真の向こうには、たくさんの物語が想像できた。

写真は結局使われなかったし、そりゃそうだろうという気もしたけれど、その仕事にかかわっていたある人が「僕は君のものづくりを応援するよ」と言ってくれた。

構想も写真選びも、仕事として真面目に考えた結果のものだったけれど、そういうものが良いのではないか思った背景には、私自身の物語も無関係ではないのだろうと思う。それを突き詰めることはしないし、まして「応援する」と言ってくれた人に話そうとも思わなかったけれど、ただ、自分そのものも応援してあげると言われたような嬉しい気持ちにはなった。


小学校6年生の時の担任の先生が、「卒業写真」という歌を好きだった。自分は変わっていくけどあなたは思い出のなかで私が思う姿のままでいてね……なんて勝手な話だよなぁと、先生は12歳の子どもたちに向かって笑った。当時20代だった先生が40代の若さで亡くなった時、そのお通夜の帰りに「先生卒業写真好きだったよね」とぽつんと言ったのは、決して仲良くはなかったクラスメイトで、同じようにそのことを思い出していたから不意を突かれた。

そういう思い出もあって、以来、ユーミンの歌はいろいろなシーンで聴いた。 それぞれの歌の制作背景を詳しく知りたいとはあまり思っていなかった。自分の想像力が間にちょうど挟まる距離感をそのままにしておきたかった。

それでも、浮き沈みの激しい世界で長く一線を走り続けてきた人に対する好奇心は確かにあった。それほどの人が語る作曲や作詞の背景が、極端に直接的だったり、ネタばらし的だったりするはずもなくて、結局のところユーミンの歌を聴くときに自分の想像力の介在するスペースがむしろ広くなるという思いもかけない結果になった。

あらすじ/『ルージュの伝言』松任谷由実 1983年

2017年にデビュー45周年を迎えた歌手・松任谷由実が20代だった頃のインタビュー集。幼少期から思春期にかけてのこと、デビュー間もない「荒井由実」の時代の出来事や楽曲の誕生エピソードなどを、さまざまな楽曲の歌詞とオーバーラップさせながらと紹介している

案内者プロフィール

鈴木朝子。1977年千葉県生まれ。編集者。株式会社アピックス勤務。ふだんは企業・学校の広報媒体(コンセプトブック、ブランドブック、社史など)のライティング・編集に携わる。選書の仕事としては高校生に向けた「はじめの1冊×100」「将来をかんがえる10冊」など。当サイト主宰。

ルージュの伝言

書籍情報

『ルージュの伝言』(1983年1月発刊)
角川書店から発刊後、1984 年5月に文庫化。2018年現在絶版。古書店、Amazonマーケットプレイスなどで購入可能。