選定者私物の本

案内文01

「“おもしろさ”を追体験させてくれた一冊」出版企画編集者・岡田 卓

選定者

『違和感の中国』荒井利明

1985年6月、中国・西安でこの本と初めて出会った。その年の3月から留学中だった陝西師範大学の留学生楼に、母親から届けられた荷物の中に混ざっていた。そしてこの本が、私のその後を方向づけてくれることになる。


『違和感の中国』は、読売新聞社の特派員として北京で暮らしていた著者が、1980年2月~84年1月までの体験をもとに書いた“最新中国レポート”である。当時はまだ30代半ば、私とひと回りも違わない歳の著者が、「『論より証拠』を心がけて、政治や経済ではなく、人と社会に焦点を当てた」ものだった。

中国で“価値ある新鮮な情報”を得るためには、現地で人脈ネットワークを創り、人間力に裏づけられた信頼関係を築くことが不可欠となる。しかも、外国人の電話は盗聴されるのが当たり前、新聞社特派員に対しては尾行も日常茶飯事という時代だった。運悪く中国当局が張り巡らした網に引っかかれば、せっかく有益な話をしてくれた友人・知人に“迷惑”が及ぶことになりかねない。そうした大きなプレッシャー、緊張感のなかで、著者はレポートを続けたのだった。

当時は、文化大革命(1966~76)が残した大きな傷跡もようやく癒え、中国が改革開放に向けて歩みを強めていた時期と重なる。日本において、中国に関する色眼鏡なしの情報を手にすることはことのほか難しく、私は真実を伝える情報に飢えていた。実際に生の中国を自分の目で見てみよう、と思ったのも、そうした現実が大きく影響していた。


1985年5月に刊行されて間もなく、絶妙なタイミングでこの本を手にした私は、現地・中国において著者の体験を“後追い”することになる。もちろん、一留学生の行動などたかがしれている。“中国語会話の実践練習”と称して、留学生楼から歩いて数分で行ける学生寮(中国の大学は原則全寮制。男女別に棟が分かれている)に何度も足を運び、中国の若者気質に触れたり、留学生食堂に飽きたら利用する西安賓館(ホテル)にあるラウンジの女性スタッフと仲良くなり、中国の生活事情について教えてもらったりするくらいのことだった。ちなみに彼女は、私が西安を離れる際、見送りに来てくれるはずだったが、“当局(?)”からのお咎めにより実現されなかった、というオチがつく。

とはいえ、「おもしろい国だなあ、とますます思う」という著者の中国に対する旺盛な好奇心、何とも言い難いワクワク感は、自分の中国での行動や感じ方に確かな影響を与えた。北京、上海へと移動しつつ、現地の中国人と接するなかで、多くの忘れがたい体験を重ね、中国ならではの違和感に気づき、あるいは日本とは異なる価値観に興味を抱き、理解できるようになっていった。

そして「論より証拠」は、知らず知らずのうちに自分の行動基準のひとつに加わった。

あらすじ/『違和感の中国 戦後世代特派員レポート』荒井利明

著者は新聞社の特派員として北京に赴き、「10億人もの人間のいる国がおもしろくないはずがない」、という発想のもとで4年間を暮らす。政治や経済ではなく「人と社会」に焦点を当て、現地での取材と日々の生活を報告したレポートが本書である。現代中国の抱える問題を庶民の視点から見事に切り拓いた好著と評価された。

案内者プロフィール

岡田卓。1958年東京都生まれ。株式会社アピックス代表。企業・学校等の周年史・コンセプトブック等の企画・ライティング・編集に携わる一方、「中国(生活文化)」「人物」「ニッポン(伝統文化×ing)」などに関する出版企画に取り組む。近年は「行動なくして前進なし」をモットーに、“凄い!”と感じた魅力的な「人」を取材し、自社のWeb雑誌で情報発信する試みに力を入れつつある。

違和感の中国

書籍情報

『違和感の中国 戦後世代特派員レポート』
1985年5月に亜紀書房より発刊。現在は増補版(亜紀書房1990年発刊)が発売中。